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斉藤 圭佑の持論

真面目に本気で競艇で勝つために・・・

ギャンブルは太古の昔から存在している!

突然ですが、質問です。

あなたは、ギャンブルという行為に後ろめたさを感じますか・・・?
戒めるべき、本来あるまじき行為だと思いますか・・・?

実は、広い意味でギャンブルとは「何かのリスクを背負って、何かのリターンを得る」
という行為全般を指すものです。

「戒めるべき」とか「後ろめたい」とか、存在すること自体がイケナイ・・・などと言うレベルのものではなく、そもそもギャンブルとは、太古の昔から現代まで、ずっと存在し続けてきたものなのです。

人類が森から平原へと進出し、狩猟生活をしている時代を想像してみてください・・・

ある「部族A」の狩人は、集落の近くの泉に水を飲みに来る動物を待ち伏せして狩りをしていました。しかし月日が経つにつれ、動物も警戒を深めていき、だんだんと泉に来なくなり、獲物を狩るのが難しくなっていきました。

そこでこの狩人は考えをめぐらせます。動物たちが別の泉に行っているのではないか?と考え、遠くの泉を偵察しに行ってみると、確かにそこには動物がたくさんいて、水を飲んでいたのです。

しかし、その泉は「部族B」の縄張りでした。「部族B」の狩人達に発見され攻撃され、命からがら逃げ帰ってきたのです。

「部族A」の狩人は対応に迫られます。「部族B」の泉をあきらめ、飢え死にする前に別の泉を探し出すか、それとも生きるか死ぬかの覚悟で「部族B」に攻撃を仕掛け、縄張りを乗っ取るか・・・。

どのような対応をするにせよ、得た情報に基づき、未来を予測して何かの行為をする。行動には必ず「何かのリスクがあるが、代わりに何かのリターンがある」という状況・・・。

太古の昔、恐らく人間が知能を持った瞬間からギャンブルという行為は存在していたのだと思います。人類が「生き延びる」ことはつまり「ギャンブルの繰り返し」だったのです。人類は現代までずっとギャンブルを繰り返し、生き延びてきた・・・と言えるのではないでしょうか。



「大人としての分別」を持ってギャンブルしてください・・・

さて、話を現代に戻しますと・・・人類には地球上の他種の生物との生存競争は、もはやありません。文明・文化を発展させ、「生き延びるため」だけに活動しているわけではなくなりました。

それに伴い・・・ギャンブルは、生き延びる為の行為ではなくなり、「生命存続以外の何か」のためにリスクを負い、リターンを得る行為へと変わっていきました。

「生命存続以外の何か」とは、権力であったり、名誉であったり、あるいは権利であったり・・・。ですから、ジャンケンでさえもギャンブルであると言えるのです。

そして、現代において一番メジャーな解釈は・・・「マネーを得るための行為」としての認識です。

「ギャンブル・・・賭け事、博打、投機」

国語辞典にはこのように載っています。「何かのリスクを背負い、何かのリターンを得る」というギャンブルの定義がだんだんと狭くなり、「ギャンブル = マネーが絡んでいる」という認識が強くなりつつあるのです。

その大きな原因のひとつとして・・・生命の存続に危険性が伴うわけではない日本においては特に・・・人間の習性として「際限なくギャンブルにのめり込んでしまう」という危険性があります。いわゆる「ギャンブル依存症」のことです。

古来より・・・質素と倹約を美徳としてきた日本人ですが、それでも昔からいろいろな博打や賭け事は存在してましたし、恐らくその当時から「ギャンブル依存症」は存在していたと思います。

ギャンブルをやらなければ堕落することはなかった・・・だから悪いのはギャンブルである・・・という、物事の表面しか見えないバカな日本人が増え、そういう間違った甘い認識がさも常識かのごとくまかり通っていることが・・・ギャンブルの定義を狭くし、戒められ、拒否される主な原因となっているのではないでしょうか?

例えば・・・居酒屋で酒を飲み、そのままクルマを運転し、飲酒運転で検挙されてしまうと・・・酒を提供した居酒屋の店主までも罰せられるという・・・意味分からん法律がまかり通る日本。

ならば、酒飲んで運転するような人間にクルマを売ったディーラーも罰せられて当然ですし、酒飲んで運転するような人間に免許を与えてしまった警察も罰せられて当然で、それでこそイーブンだと思うのですが、なぜかそういう法律は存在しない(笑)。全くもって視野の狭い、自己責任を負わないどころか、責任の所在を出来る限り他方に押しつけようとする・・・短絡的な思考しか持ちえない、本当に情けない現代の大人、日本人・・・。

しかし、例えばイギリスでは・・・競馬は貴族の遊びです。大人が「大人としての分別を持って」ギャンブルしているという文化がある国ですから、ギャンブルに対するイメージは日本人のそれとはかなり違っています。ブックメーカーが世界のあらゆる事柄を賭けの対象とし、老若男女がポピュラーにその賭け事を楽しんでいる生活スタイルには・・・学ぶべき事がたくさんあるのではないかと思います。

イギリスの貴族や大富豪がロイズの保険を引き受けるのだって、ある意味「ギャンブル」です。

保険金の支払いに無限の責任を負うタイプの保険ですので、自然災害・海難事故等の重大な事件が起きれば、自己の所有する土地や邸宅などの資産の全て・・・身に付けている最後の下着の一枚まで売却してでも保険金を支払う義務があります。

悠々自適、優雅な生活をしているように見えて、実は影でリスクを背負い、そのストレスと戦いながら莫大なリターンを得ているわけです。全てはオウンリスク(自己責任)の下で、しっかりとした戦略に基づいて行われているのです。・・・大人ですよね!

決して賭け事が全て「悪」なのではありません。賭け事に心を奪われ、持てる全ての資産をギャンブルに使ってしまう「心構え」が悪なのであって、戒めるべきはギャンブルの行為そのものではなく、「大人としての分別のないままに、のめり込んでやる行為」こそが戒められるべきなのです。



大切なのはあなたの心構えです!

リスクとリターンが「経済そのもの」であるかのように認識されている株式投資や投機などの場合、それが「ギャンブルである」という認識は、一般世間において・・・ほとんどありません。株式投資や投機で失敗した人がいても、それは「ビジネスにおいて失敗した人」という認識で捉えられます。

ところが競馬・競艇・競輪・オートレースなどの公営ギャンブルの場合、そのリスクとリターンが「単なる貨幣のやり取りに過ぎない」という認識が強く、その上「際限なくのめり込んでしまう人」が多いというイメージから「戒めるもの」として捉えられがちです。

私に言わせりゃ、どちらもギャンブルに変わりはないと思うのです。

公営ギャンブルも株式も先物も、投機だってFXだって同じ「ギャンブル」です。ならば、あなたが(一般世間からの認知度の低い)公営ギャンブルをする場合、決して際限なくのめり込むことなく、大人としての分別を持ち・・・高い意識を持ってギャンブルをしなくてはなりません。

その為に最も大切なのは「勝つ」ことです。

安定した儲けを出し続けていれば、のめり込むようなギャンブル姿勢にはなりません。ギャンブル依存症になる最も大きな原因は、収支のマイナスです。なんとか負けを取り戻そうとしてのめり込み、依存症に陥るケースが多いのです。勝ち続けることは簡単ではないかも知れませんが、収支が取り返しのつかないほど大きなマイナスにならない限り、あなたがギャンブル依存症になる可能性は極めて低いと思います。

そういうわけで私、かなり真剣です。
真面目に競艇に取り組み、真面目に賭けて、真面目に儲けています。




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